ゆっくりと、秋が来た。 いつの間にか木々が色付き、風にも冷たいものが混じり始める。 この風からまだ少し残ってる湿っててムッとする暑さが完全に抜ければ、すぐに冬がやってくる。 秋はゆっくりやってきて足早に去って行くものだ。 「…なのにえらく季節外れなモノ買ってきたっちゃね…」 「うん。今年の夏は結局やらなかったからね。安売りしてたんだ。一緒にやろうよ」 双識の手に握られているのは花火セット、ただし中身は線香花火オンリー。 「なんでよりにもよってコレだけ…」 「あぁ、派手なのは人識にあげたんだよ。今日は友達の所へいくって言ってたからね。うふふ、いいね、スクールライフご堪能って訳さ。うらやましい」 そう言って笑いながら双識は軋識の家へ上がると、ベランダの方へ歩き出した。 時刻は、6時過ぎ。そろそろ暗くなって来る時間帯だ。 「今からやろうよ。アスもやるだろ?」 「なぁにが悲しくて男二人で花火大会…しかも線香花火オンリーっちゃか…」 嘆息しつつ、軋識は双識の後に続いた。 彼自身、仕事を丁度終わらせた所で、なおかつ新しい仕事があるわけでもなく、暇を弄んでいたところだ。 それに双識の事だ。愛する弟が出かけて寂しいからと言うのが本音なのだろう。 何だ、自分は愛情の非常食みたいなものか? と思えば最近よく吹くようになった北風が胸中を駆け抜けないでもなかったが。 ベランダに先に出ていた双識が、手招きをして隣りを二三度叩いた。 軋識は表面上はおとなしくそこに腰を下ろす。 「はい、アスの分」 「ん」 「火、付けるよ」 背広のポケットからジッポーを取り出すと、双識は線香花火に火を点した。 数瞬後、赤く丸い熱された火薬の塊から小さな火花が散り始める。それを、二人はぼんやりと見つめていた。 「線香花火ってさ、秋って感じがするね」 「そうっちゃか?」 ポツリとつぶやかれた言葉に「線香『花火』なのだからどちらかといえば夏だろう」と反論する軋識に、双識は苦笑しながら「そういう意味じゃなくて…」と自論を続ける。 「ゆっくりゆっくり近付いて来るけど、去る時は一瞬だもの。後には夏の残滓と冬の空しさが残るのみってね」 「ポエマーっちゃね」 「感受性が強いと言ってくれたまえ。もしくは詩人とか」 「はいはい…っと」 少し目を離していた隙に小さな火花はポタンと落ちてしまう。 ベランダのコンクリートの上に、小さな丸い球体が赤く灯ったが、すぐに消えた。 「あらら。早いよアス」 「うるせぇっちゃね…ってか何でお前はやってないっちゃか? 人のジロジロ見てないで自分でやれ」 「そうだねぇ。すっかり忘れてた」 そう言うと、双識は二本新しい線香花火を取り出し一つは軋識に渡し火を付けた。 火薬がはぜる音が、もう暗くなったベランダから微かに、本当に微かに聞こえる。 二人は無言のままだった。 何も言わずに指先に摘まれた細い紐の先で、微かに微かに揺れながら一瞬の花を咲かせ続ける小さな小さな赤いオレンジの火の玉を、ただただ見つめる。 ふと、軋識は徐に双識を見た。薄暗いベランダに、彼の顔の三方を覆う黒い髪とダークスーツが溶け込んで、そのせいかぼんやりと浮かんで居る様な白い顔にかけられた眼鏡のレンズに、赤いオレンジの花火と、その奥の血色の瞳が見えた。 紅い、赤い、オレンジの、玉。 「…私達も、もしかしたら線香花火なのかもしれないね」 ポツリと、呟かれた双識の台詞に、軋識はハッと彼の顔を見直した。 いつの間にか双識も、軋識の瞳をジッと見つめている。 今やレンズに写るのは軋識自身の瞳だった。 己の緑の瞳が、双識の赤い瞳とレンズ越しに重なる。 「行き詰まって息詰まって、ゆっくりゆっくりいつの間にか決められていた道を辿るしかなくて、もし弱くなればそのまま朽ち果てて、強くなりすぎるとあっという間に墜ちて逝く。出て来る火花はさしずめ血飛沫かな? うふふふ、零崎は、殺人鬼という生き方を朽ち果てるか墜ち逝くまで、血飛沫を纏いながらゆっくりゆっくり進まなければならない。望む望まざるにかかわらず、まるで線香花火の様に、ね。なかなか言い得て妙だと思わないかい?」 「零崎が線香花火…っちゃか……」 その通りな気も、全く違う様な気もした。 「あ」 「落ちたっちゃね。俺のはまだ……」 「あ、落ちた」 「………っちゃ」 「うふふふ。まだあるよ。どうせ余っていても邪魔なだけだし、今夜はトコトン花火大会だ」 「男二人の線香花火大会…っちゃね……」 何とも笑えない様な気もするが、どうせ暇だし、それもいいかと、軋識は新しい線香花火を受け取る。 ジッポーをする双識を見ながら、ふと、もし自分達が線香花火だとすれば、自分が死んでも夏の幻想の残滓がごとく、誰かの中に微かでも残る事が出来るだろうかと、そんな考えが浮かんだ。 |