他の誰でもない あなただったからこそ 抱えきれない花束を 「・・・それは何だ?ロイエンタール?」 帝国軍の双璧の一人、『 当のロイエンタール本人は、印象的な 「黄薔薇だ」 「いや、そうではなくて! 何故 「・・・奥方への手土産のつもりなのだが・・・?」 ロイエンタールの腕に抱えられているのは見事な黄薔薇の花束だった。 それを聞き、ミッターマイヤーは大きくため息をつく。 今夜、彼らはミッターマイヤー夫人のお呼びで、夕食を共にする事になっていた。 職務の帰り道、共に並んでミッターマイヤーの家まで歩いていたら、急に花屋の前でロイエンタールは止まり、友人に少し待っているように言うと、十分ほどで今、論題になっているものを抱え、出てきたのだった 「おかしな奴だな、ミッターマイヤー。おれは卿と奥方の思い出の花だと言うからこうして持ってきたのだが?」 「〜ロイエンタール〜〜卿という奴は〜〜〜」 意地の悪い種類の笑みをその貴公子的な顔に浮かべ、上から少し見下ろすように背の低い友人を見るロイエンタールに、見下ろされた本人は、多少なりと恨めしそうに見返した。 確かに、黄薔薇は彼が妻であるミッターマイヤー夫人・・・エヴァンゼリンにプロポーズする際に渡した花である。 しかし、色恋ざたには今も昔も疎いミッターマイヤーである。それがプロポーズに向いているとは言えない花である事に当時は気がつかなかったのだ。 まぁ、それは夫婦の間では、笑い話ですむことではあった。 ・・・が 「卿なら花の意味位、承知しているだろう?なのに何故その花を選んだんだ?」 「先ほども言ったはずだが?奥方も嫌いではないだろうに」 「それはそうだが・・・何故よりにもよって・・・」 何故かげっそりと言った様な表情をする友人を、ロイエンタールは先ほど浮かべた笑みと同じ種類の笑みで見つめた。 彼の友人には、臆病、弱気、その他その類の言葉は今まで全く縁のない言葉であったし、おそらく、これからもそうあるだろう。 が、ただ一人、エヴァンゼリン・ミッターマイヤーと言う彼の愛妻にだけこのような態度をとるのだ。 それはロイエンタールにとっては理解しがたいものではあったが、彼をからかう材料としてはこれ以上のものはないというのもまた事実であるので、 「全く・・・卿の心境が俺には理解できぬよ、ミッターマイヤー」 「エヴァはいい女だぞ!そもそも卿は・・・」 「わかったわかった。今日は喧嘩は無しにしよう。俺は奥方の料理を食いっぱくれるのはごめんなんでね」 両手を肩まで挙げて、顔には苦笑を浮かべて、ロイエンタールは自分で点けた小さな火に適量よりも少し少なめに水をかける。 そこらへんの加減は、何年も付き合ってるだけあって違える事はほとんどない。 ミッターマイヤーは、多少不満気な顔で引き下がる。 が、活力に富んだグレーの瞳だけは、尚燻り続けている火の存在を知らせていた。 妻の事となると、彼は目の色を変える。 ロイエンタールにとって、それに属する全ての親友の動向が、不可解でたまらなかった。 「お帰りなさい、ウォルフ」 「ただいま、エヴァ」 二人が家に着くと、エヴァンゼリンはにこやかに愛する夫とその親友を迎えた。 ミッターマイヤーは、そんな妻の頬に柔らかくキスをする。 エヴァンゼリンは頬をほんのりと桜色に染めながら、今度はロイエンタールににこやかに笑いかけた。 「いらっしゃいませ、ロイエンタール提督。来て下さって嬉しいわ」 「お邪魔します、ミッターマイヤー夫人。こちらこそ、呼んでくださって光栄です。これは、ほんの感謝の印です」 「え? まぁ! ありがとうございます」 渡された見事な黄薔薇の花束に目を丸くしたエヴァンゼリンは嬉しそうに礼を言う。 両手一杯に黄薔薇を抱え、エヴァンゼリンは嬉しそうに笑い、ロイエンタールもとりあえず薄く笑い、ミッターマイヤーはというと、ある日の事を思い出し、赤面していた。 三者三様の表情と感情のまま、三人は温かい料理の待つ家の中へと入っていった。 「卿は幸せ者だな」 和やかな食事が終わり、リビングでゆったりとソファに腰掛けたロイエンタールは、手の中でワインのグラスを揺らしながら、おもむろにそういった。 ミッターマイヤーは突然の言葉に軽く咽てしまう。 「どういう事だ?」 「言葉のままさ。比類なき主君に使え、比類なき妻を持ち…」 「あと、比類なき親友に恵まれて?」 多少、皮肉を込めたその台詞に今度はロイエンタールが目を丸くした。 「……」 「何だ?違うのか?」 からかわれた仕返しとでも言うようにミッターマイヤーは少し意地悪く笑う。 ロイエンタールは頬を軽く染め、照れ隠しにグラスのワインを一気に飲み干した。 「……さて、俺はここらで失礼させてもらおう…」 「そうか、残念だ。なら明日、質問の答えを聞かせてくれ」 「…意地が悪いな…ミッターマイヤー…卿がそんな奴だとは思っていなかった」 「おや、気が付いていなかったとは、ロイエンタール提督は洞察眼が少々鈍っていたと見える」 「…そうでない事を祈っていたのだがな・・・」 憮然とした表情でそういうと、ロイエンタールは上着をとり、腕を通した。 ミッターマイヤーは、ささやかな復讐が功を奏した事に満足げな表情をすると、親友を見送りに行こうと玄関近くに掛けられた自分の上着も取る。 それを、ロイエンタールは片手で制した。 「これ以上奥方との時間を奪っても何だからな、ここまででいい。奥方にも宜しく伝えておいてくれ」 「そうか。なら、また来てくれよな、ロイエンタール」 「光栄だな」 美貌の親友は女性を魅了してやまない、いや、普段女性に送るそれよりもっと優しげな微笑で答えると、そのまま踵を返し、ゆっくりと闇夜へ溶けていった。 残されたミッターマイヤーは、しばらくその後姿を見送っていたが、さすがに寒くなり、ドアを閉め、結局手に取っただけだったコートを掛ける。 「ウォルフ、ロイエンタールさんからいただいた薔薇、どこに飾ればいいかしら?」 リビングに戻ると、いつの間にか花瓶に綺麗に活けられた薔薇と向き合った妻と目が合った。 エヴァンゼリンは、夫の姿を認めるなり、そう言って、笑った。 ミッターマイヤーの愛してやまない、彼女の微笑みだ。 「あ、あぁ、どこでもいいよ。君がいいと思うところで」 「そう?なら、寝室にでも置きましょうか? ロイエンタール提督からいただいたものですし」 そう、冗談のような口調で言われた妻の言葉に、彼女の夫であり、薔薇の送り主の親友でもあるミッターマイヤーは軽く噴出した。 親友の漁色家ぶりは、彼の名を知るものならほとんど知っている有名な話ではある。 なるほど、それで寝室か…ある意味皮肉が利いている。 「まぁ、ウォルフったら、真っ赤ですよ、いやねぇ」 「っそうかい?そりゃまいった」 おさまりの悪い蜂蜜色の髪をかき回しながら笑うミッターマイヤーを見て、エヴァンゼリンはクスクス笑う。 「玄関に置いておきましょう。こんなに綺麗な薔薇が私達だけしか見れないなんて、勿体無いですものね」 そういうと、花瓶を両手で持ち上げて、エヴァンゼリンは立ち上がる。 が、何を思ったか、ふと、ミッターマイヤーの手前で彼を見上げる様に立ち止まった。 「?どうかしたのか?エヴァ?」 「…いえ、ちょっと懐かしくて…私はあの時も、こんな風に貴方を見上げていましたね」 「…あぁ…」 一瞬、何のことか、とも思ったが、すぐに気が付いた。 あの時…そう、自分が七年分の思いを込め、満身の勇気を振り絞って、この菫色の瞳の少女に抱えきれないほどの黄薔薇の花束を渡した日。 彼が、プロポーズした日の事だ。 「ウォルフ…様?」 「エヴァ、これを受け取ってくれ!」 「私に下さるんですか?ありがとうございます」 「…エヴァンゼリン…」 「はい…ウォルフ様…」 あの時と、ほぼ同じだ。 違うのは、今の自分はあの時より、もう少し気の利いた言葉をかけられると言った所か。 あのときの自分ときたら、本当に酷いものだった、と、彼は赤面するのだ。 「この花束も、とっても綺麗ですけど…私にとって、一番綺麗だった物は、あの時貴方から貰ったものだわ」 「…エヴァンゼリン…」 「なぁに?ウォルフ…様?」 少し間をおいてから、昔の呼び名で名を呼ぶ彼女の腰にそっと手を回す。 黄薔薇をはさんだ向かい側に頬を軽く染めたエヴァンゼリンの顔が見える。 「…本当に懐かしいな。あの時は、こうして君を暮らせるなんて思ってなかった」 「えぇ、私もです」 「……エヴァ…」 「はい」 「…愛してるよ」 「…はい」 そういうと、彼は妻の柔らかい唇に口付けた。 あのときのように、花束が邪魔にならないように、花瓶ごとそっと、彼女の手からとり、脇に避けて、だ。 抱えきれないほどの花束は 貴方に貰うからこそ嬉しいのです いつかのあの日の思い出の様に 抱えきれぬほどの黄薔薇と、甘いお菓子をもって その頬を染めて貴方の心を私に下さい 他の誰でもない、貴方からだからこそ… |