†恋愛、環状†




あの男を見るのは随分と久方振りの事であった。


目の周りに化粧こそ施しているものの、その顔は年を経た今でも変わらず自分のものから替えていない様である。
それにも関わらず自分の顔では無く元々あの男の顔だったかの様に見えるのは何故であろうか。
自分の顔などまじまじと見る機会が無かった為か。それともあの男の以前の顔をほとんどと言って良い程に覚えていない為か。
仕草やら言葉やら、そういったものならばまだ記憶にあるのだ。
あの男がこう言ったので私はこう思ったくらいならば覚えている。
だが顔となると不思議と全く思い出せない。
これはトラウマの一種であるのか。そう思ったが生憎と答えは知らない。
大体そんな事は如何でも良いのだ。


「…考不」


呟けば頭の芯がすうと冷える様。
思考を放棄したに過ぎないのだが。それでも姫様に仕える内に染み付いた、否、染み付かせた姫様以外の全てを否定する習慣はそれなりに精神に安定をもたらしてくれる。
そこでもう一度考え直す。


顔を剥がれた今であっても、好意に似た感情を何処かに抱いているのかも知れぬ。
そうで無ければこんなにもあの男の事ばかり考えて仕舞う事はあるまい。
昔まだあの男の顔が自分のものであった頃。私があの男を好いていた事は否定出来ぬ。
そしておそらくはあの男も私を好いていた事も。
だがそれはあくまでも顔を剥がれる前の話であって、今はその類の感情は全て否定した筈だ。
当たり前だ、誰が里の為と称して己の顔を剥いだ者と今まで通り接する事が出来ようか。
そんな者が居るならばそれは度を過ぎたお人好しかただの馬鹿である。
そして私はお人好しでも馬鹿でも無い。


「違不」


そう、だから確かに否定されたものであるのだ。
だがこれは何だ。
姫様にあの男を暗殺しろと命令された時、確かに何処かで出来ればやりたく無いと思ったのだ。
あわよくば私の預かり知らぬ所で勝手に野垂れ死んでいれば良いと、そう思った。


今更手を汚す事に躊躇いは無い。
ましてやそれが姫様の命ならば如何して断る事が出来ようか。
それなのに私は躊躇ったのだ。
手を汚す事にでは無く、別の何かに拠って。




…嗚呼、これではまるで。




思考は巡る。何時までも何時までもぐるりぐるりと環状を保った儘。
そして私は溜め息を一つ吐いた。









「…否不」









言葉の上でこそ否定すれ、私は結局の所その思いを否定する事は出来なかったのだ。と諦めを多分に混じえて結論付ける。


私は姫様の命に従いもうじきあの男を殺すだろう。おそらく、否、確実に躊躇う事は無い。
ただ、あの男の事は決して好きでは無かったが、かと言って嫌いであった訳でも無いのである。




ぐるりぐるりと環状に回るこの感情は、俗に恋愛感情と呼ばれるものであるのか も知れなかったし、またそうで無いのかも知れなかった。




    †END†





 久遠様より、相互祝いを頂きましたv
 左右が悩んでますよ!! 色々考えてますよ!! あの左右が!!(何
 素敵なモノをありがとうございました!!