痛みで、死んだはずの意識が急浮上する。


「―――――――――――――――!!!」


 自分でも信じられないほどの音量の声が、喉から迸る。


「―――――――――!! っ―――――――――!!」


 肉を削がれる痛み
 骨へと届きそうなほど、深く差し込まれた冷たい刃
 拷問の訓練は受けているが、コレほどまでの痛みは無かった。

 これほどまでの、胸の痛みは、無かった。


「――――――っ――××××―――――!!」



 何故だ?
 何故、こんなことになっている?
 私は彼に、何かしたか?
 彼は、私を、最初から「敵」だと思っていたのか?


「×××――――!!! ―――――××――――!!!」


 名前を呼んでも、返事はない。
 いや、ひょっとしたら、あったのかもしれない。
 けれど、何も、聞こえない。

 嘘だったのか?
 あの、暖かい月日は、すべて虚像だったのか?
 所詮、お前は真庭の者でしかなかったのか?
 もう、遠の昔に死に絶えた、あの人達の言っていた通りの真庭忍軍だったのか?
 いままで、私は、騙されていた、のか―――?

 真庭を恨みたかった。
 友人を怨みたかった。
 自分を憾みたかった。
 憤怒と絶望、そして怨恨が、感覚を支配し、焼き尽くす。


「―――な―――ぜ――――っ――こっ―――な――!!!」
「―――ごめ――なさ―――」


 その時だ。
 己の絶叫の隙間から、己とは別の声が洩れ聞こえる。



「―――頼むから―――早く死んでくれ―――」


 それが駄目なら


「――お願いだから――我を殺してくれ―――」


 おまえを殺す、その前に
 滅び行く里を、見る前に





 叫びすぎたのか、ピンと張られた糸が切れたように、喉が潰れる。




「――れか――助――て――」




 そう、呟いたのは、どちらだっただろう?



 顔の傷口に、雨が降り込んでくる。
 大粒のそれは、不均等な間隔で顔を濡らしていく。

 その時になって。
 声も涸れはて、痛みと傷み、憤怒と怨恨、そして絶望の中で今正に精神が焼き切れる直前。
 彼はようやく、ソレに気が付いた。

 自分を見下ろす、見慣れた友人の、見たこともない表情。
 それは見ていて哀れになるほど辛そうで、苦しそうで、痛そうで、それでも頬は吊り上がり、唇は三日月を模っているかのよう。
 時にむくれ、時に怒り、時に哀しみ、それでも最後には笑っていた、クルクル変わるあの顔の、面影が、ない。
 そこにあるのは、狂った笑顔を泣き顔に無理矢理貼り付けた様な、そんな、狂人の表情だった。


 冷水を掛けられたように、頭が冷える。



――――死んで 消えて 壊させて―――
――――殺して 許して 助けて―――
――――      ――――




 潰れた喉から、掠れた悲鳴と共に微かすぎて自分でも聞き取れない言の葉が、漏れ出してくる。



 ××××。
 大切な大切な、本当に心から大事に思っていた
 私の親友
 私の、すべて

 おまえはそこまで追い詰められていたのか――?

 この顔に降り懸かる、この『雨』を降らしているのは、おまえだったのか?

 私の死を願い、自身の死すら望むほど、おまえは苦しかったのか?

 辛かったのか?

 痛かったのか?





 それなのに、私は、何も気付いてやれなかったのか――?





 急に、あれだけ顔を削ごうと動いていた手が、止まる。
 ほとんど剥がされた顔面が、焼けるように痛む。
 けれども、あれほど感情を焼いていたモノは、嘘のように消えていて。


 刃を一度、脇へと置くと、その手は今まで邪魔だったらしい己の両腕を掴む彼の手を引き剥がし、足でそれぞれを押さえつけた。
 そしてもう一度、刃を手に取ると、血みどろの顔をした彼の顔を削ぐ作業を再開――するのではなく


 己の顔の上半分に、刃を差し込んだ。


「―――――っ!!!」



 悲しく狂った表情の、その上半分が、ゆっくりゆっくりと、削がれていく。

 彼の友人の顔が、彼の友人その人の手で

 自分と同じく、削がれていく

 上から、赤い、「雨」が、降る。

 ボタボタボタボタボタボタボタボタボタ

 それは、彼の顔を、さらに赤く赤く染め上げていく。

 自分と同じ激痛が襲っているはずの友人の顔は、何処か笑っているように見えて

 自分で自分の顔を削いでいるというおぞましい光景から、なぜか目を離せなかったのは、きっとその顔が、気になったから。



 皮一枚、筋一本を残し、ベロリとはがれた友人の顔
 自分とほぼ同じになったであろう、友人の顔  剥がれかけた二人分の顔を無造作とも思える動作で、友人は血に濡れた手で掴む。


 ブツッと肉と皮とが千切れた音が、二つ重なる。

 と、同時に、顔の右半分に、「何か」が貼りついた。


 片側が潰れた視界。


 それを視認した瞬間、スゥ……と、再び意識が遠のく。



 今度こそ、自分は死ぬのだろうか?

 この友人の、望みどおりに?
 この友人の、願いどおりに?

 もし、そうなら、友人はまた、「今迄」に戻ってくれるのだろうか?
 


 最期の瞬間、見苦しいほどの酷い顔をした友人が、「今迄」の面影の残る笑顔を見せてくれた
 
 そん な、
        馬 鹿げ た
                幻覚 を
                      見 た――
                             気――が―――



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 意味わからなさMAXハート進行中(コメントからして意味不明)
 顔を貼り付けるからには、自分で自分の顔も削がなきゃだろうなぁ、と。んで、それを目の前でやられたら、痛いだろうなぁと。