忍法『命紡ぎ』は、発動の前提条件として、相手を自らの手で殺さなければならない。
 術の正確な発動は、即ち、対象者を己が手にかけた事、そして対象者の『死』を意味する。
 

 だから、大丈夫。
 きっと、術は、失敗している。
 だって、この顔を剥いだとき、そしてこの顔を付けて忍法を発動したとき

 彼は、生きていた、はず、だから。

 目が動いてたから

 息をしていたから
 
 血が傷口から流れていたから

 
   だから、大丈夫。


 彼を、殺してなんか、いない。


 ひょっとしたら、里にはもう、戻れないかもしれないな、と、思う。
 それは寂しく、辛いけど、でももう、自分には「顔」がない、はずだから。
 師匠に会わせる「顔」がない。
 仲間に会わせる「顔」もない。
 友人に会わせる「顔」すらない。
 だって、自分は失敗したはずだから。
 彼の人格を、奪えなかったはずだから。
 この顔は酷く醜く削がれているはずだから。
 そんな顔など、向こうも見たくはないだろう。
 戻れるのなら、それに越したことはないけれど。
 
 目が覚めたら、謝って謝って、彼が許してくれるまで謝り続けよう。
 許してくれないかもしれないけれど、それでも謝ろう。
 顔もみたくないといわれたら、二度と彼の前に姿を見せないし…
 ――向こうが自分を殺したいと思うなら、それもいい。
 忍びは生きて、死ぬだけなら、お似合いの死に様だ。
 あぁ、目が覚めたらあの世って言うのもいいかもしれない。
 それこそ、自分にお似合いの犬死だ。


 そんな、思考の中、目が覚めた。

 起きると周りはあの時のままで、あぁ、自分は生きているのだと確認する。
 忍法を発動した後、気を失っていたらしく、ここに来た時には降っていなかった小雨が、着物を濡らしていた。
 隣を見ると、そこには彼。
 血を流した、彼が居る。
 そうだ、止血をしなくては。
 そう、思って、自分の着物を少し破り、彼の顔に当てようとしたところで――

 ソレに気がついた。

 
 何故、自分は、こんなに痛みを感じていないのだろう?

 自分で自分の顔を削いだはずなのに?
 この顔は、彼と同じく、醜く削げているはずなのに?


 恐る恐る、両の手で顔を触る。

 繋ぎ目らしきものはあるが、その手触りは正しく―――


 剥き出しの肉、ではなく、それを覆う皮、だった。


 忍法「命紡ぎ」は、この上なく正確に発動していた。
 この顔面に張り付いた、もう自分の顔であるような彼の顔が、その確たる証拠――!!
 

 殺した……
 殺せた……
 殺してしまった……
 殺せてしまった………!!




「ぅぁ―――――――――っ!!!!」



 顔の上半分にしっかり張り付いた『死体』の一部が、急に熱を帯びた気がした。




「――××××―――しんだ………しんでしまった…………!!」



 ついに、やってしまった。

 あんなに大切に思っていたのに。

 あんなに大事に思っていたのに。

 あんなに大好きだったのに。

 そんな、親友を―――



「―――れ、は………」



 殺 し て し ま っ た !!


 他 の 誰 で も な い 自 分 の 手 で !!
 



「――ぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 咆哮
 そう形容するしかないモノが、喉から迸る。


「ぅ―――ぁあぁっ――め―さ――っ!!」


 口から飛び出しかけた言葉を飲み込むように口を両の手で塞ぐ。


 謝って、どうする?
 もう、彼は死んでしまったのに!


 数歩、よろめくように後ろへと下がる。
 そして気がついた時には、その場から逃げるように走り去っていた。



***



 途中、何度も無様に躓き、転びかけながら、目的地も無いままひたすら走る。
 口は、両手で塞いだままなので、酷く息苦しい。
 それでも、手を口元から離す事ができない。
 と、急に視界が開け、足元で水音がする。
 川へ出たとわかった瞬間、そのまま倒れこむように川の中へと顔を突っ込んだ。

 顔面が熱かった。
 顔全体に火傷を負ったのではないのかと錯覚してしまうほどに。
 顔が、目が、熱かった。

 息が続かなくなり、一度顔を上げ、息継ぎをすると、もう一度、今度は上半身ごと漬け込むように水の中へと押しこむ。

 とにかく、顔を冷やしたかった。
 このままだと、顔の熱さで本当に火傷を負ってしまいそうで
 このままだと、みっともなく大声を上げて泣いてしまいそうで
 このままだと、泣いて泣いて泣き叫びながら謝ってしまいそうで

 一体それが、何になる?
 謝り続けても、本当に謝るべき人は、もういないのに
 どれほど叫んでも、何も取り返しはつかないのに
 どれだけ泣いても、自分が彼を殺してしまったことは、寸分たりとも変わらないのに――!!

 そんな、自分が楽になるだけの行為に、一体何の意味がある?

 一番泣きたくて、一番辛くて、一番痛かったのは、彼だったはずなのに

 彼を一番苦しめて、一番辛く当り、一番傷つけたのは、自分なのだから

 そしてそれをそうすると決めたのは、他の誰でもない自分自身なのだから

 泣いてはだめだ
 泣いてはいけない
 謝ってはだめだ
 謝ってはいけない
 後悔してはだめだ
 後悔してはいけない

 もし、謝ってしまえば
 もし、後悔してしまえば
 そうやって、この行為を否定してしまえば
 何のために彼が死んだのかわからない
 何のために彼を殺したのかわからない―――

 あぁ、それでも!! と、「何処か」で「誰か」が叫ぶ。
 それでも泣いてしまいたい、彼の為に!!
 たとえそれが酷い欺瞞だとしても!!
 自分の為にしかならないとわかっていても!!
 それでも泣きたい!
 「ごめんなさい」と叫び謝りたい!!
 後悔に後悔を重ねて体中で後悔したい!!!

 でも――それでも、彼は、死んでしまった
 もう、どこにも居ない
 涙も叫びも後悔も、ましてや謝罪など、届くはずがないではないか
 届かないモノなど、何の意味も無いではないか―――!!
 グチャグチャに混線した思考回路
 悲哀を叫ぶ場所と、それを押さえつけようとする場所、そしてそれすら冷徹に見つめる新しい場所との軋轢で、酷く「何処か」が痛んだ。
 そして、その痛みすら、徐々に薄れ、霞掛かってくる。


「――っはっ―――はぁっ―――」

 水面から顔を上げ、息を整える。

「はぁ―――はぁ―――」

 上半身のほとんどを水に突っ込んでいた事と、いつの間にか本格的に降りだしてきた雨とが相俟って、全身びしょ濡れだった。
 雨雲のせいか、辺りはもう暗い。

「はぁ………はぁ………」

 あれだけ荒れ狂っていた感情が、薄っぺらい膜のようなもので覆われて、自分の感情のはずなのに、よく分からなくなっていた。
 あぁ、これが、と、自嘲の色が濃すぎる笑みが、自然と形作られる。


「……帰ろう……」


 ゆっくりと、立ち上がる。


「帰ろう」


 里の方向へと、足を踏み出し、歩き出す。

 
「あぁ、帰りたいな……」


 歩きながら、そう、呟く。

 可笑しいな、と、嗤う。

 今まさに、帰っている所ではないか、と。


「――――かえりたい――なぁ―――」


 そうは思っていながらも、何故か言葉が漏れるのを止められない自分が酷く滑稽だった。


 ――かえりたい――
 ――でも何処に――?











 相変わらず意味のわからなさ超絶邁進中(そしてやはりコメントからして意味不明)
 書いてる途中、脳内にあさきの「ツバメ」が何故か流れた。まぁ、ポップンで流れる部分しか知らんが。
 しかし何故あさき。何故ツバメ。おかげで歌詞の一部が入ってしまったではないか。
 後はコレより時間系列が前の奴をのらりくらりと書こうかと。
 もうネタが出てくる限り、やってやるぜ……ゲフッ(吐血