懐から小太刀を取り出して、鞘から一気に引き抜いた。 動かなくなった「敵」を、彼は無感情に見下ろす。 妙に視界が歪んでいる。 霧の、せい、だろう。 いや、さっきから頬に「水」が流れてくるから、雨が降り出したのかもしれない。 どちらにしろ、早く用事を済ませなくては。 「敵」の顔に、片手を添えて、小太刀の刃を、顔の上半分に、差し込む。 手が震えるのは、きっと顔を削ぐのが初めてだから、緊張しているのだろう。 そうだ。そうに決まっている。 肉を切る感触。 そのまま、まっすぐまっすぐ、刃を進めて…… 悲鳴が、鼓膜を突き破るような音量で上がった。 「―――――――――――――――!!!」 言葉にすらなっていない、獣のような悲鳴。 「―――――――――!! っ―――――――――!!」 バタバタと、バタつかされた足が、背中を打つ。 振られようとする首を、必死で押さえつける。 相手の腕が伸び、掴まれた両の腕が、渾身の力で握られ、上手く動かない。 「――――――っ――××××―――――!!」 「―――っぅ――――!!」 意味を成さない咆哮のような悲鳴の中、己の名が含まれている。 「×××――――!!! ―――――××――――!!!」 「――――ぅぁ――――」 いつもの通り、やればいい。 悲鳴なんか、聞き飽きている。 「―――な―――ぜ――――っ――こっ―――な――!!!」 「―――――さい――――」 だから、自分は、何も、感じない。 「――から―――く――れ」 何も、言っていない。 「―――ねが――――ろして――――」 何も、聞こえない。 「――――――助けて――――――」 だから、そう言ったのは、自分じゃ、ない。 張った糸が切れたように、相手の悲鳴が止む。 喉が潰れたのだろう、擦れた声が、それでも微かに鼓膜を震わせる。 聞こえない。そんな雑音、耳を傾けてはいられない。 なぜか、先ほどまであんなに激しかった抵抗が嘘の様に緩んだ。 その隙に、一度手を止め、コレ以上抵抗されぬように相手の両手を両足でしっかりと押さえつけられる。 早く早く、済ませなくては。 もう少し、もう少しで楽になるから。 ――――――楽になる? 誰が?――――― 一瞬、思考が停止した、その時、ふと、思いついた事があった。 その考えに、自分でも嫌な笑みが零れる。 迷わず、それを実行に移す。 まず、刃を取り、己の顔の上半分へと差し込む。 冷たい感触の一瞬後に、痛みが脳へと直撃する。 頭の中で、自衛本能からの危険信号が鳴り響く。 構うものか。自分の忍法にそんなものは邪魔なだけだ。 激しい痛みを無視するように、実際に無視して、刃を横へ横へと滑らせていく。 自分はこんな痛みを彼に与えていたのかと思うと、そして今、自分で自分にこの痛みを与えているのだと思うと、何処か滑稽で笑えて来る。 まるで、自らの罪の罰のようだ。 何が罪で何処が罰なのかまでは、考える余地はないけれど。 血が、目の中に入り込む。 刃の感触を感じながら、あぁ、失明するかもしれないな、と、他人事のように思う。 それも、構うものか。そうなれば、自分など不要になるのだから。 目の見えない忍びなど、モノの役にも立つものか。それなら、この体をこの世に繋ぎ止める理由が無くなる。 もしそうなれば、それはそれは、楽になるのだろう、と、それを妄想して少し愉しくなった。 真っ赤に染まる、視界の中で、自分を見上げる相手の顔がボンヤリと見える。 見苦しいほどの酷い顔。 ギョロギョロと動く眼窩すら、半分血に染まり、痛みのせいか、息が荒い。 そしてそれはきっと、自分の今と同じはずで。 それに少しの安堵にも似た感情が何故か胸中を走ったと同時に、粗方削ぎ終わり、ほとんど皮一枚、筋一本でベロリと垂れ下がる己の元顔面と、同じような状態の相手の顔面を、それぞれの手で掴む。 そしてそのまま、一気に、引き千切るように、頭部と顔面とを別れさせる。 ブツッと肉と皮とが千切れた音が、二つ重なる。 これで、一緒。 彼と、一緒。 自分も彼も、顔が、無い。 誰に会わせる、顔が無い。 だから、大丈夫。 ―――――大丈夫? 何が?―――― 頬に流れるのは生ぬるい血潮。 顔全体が焼け爛れているような痛みが、事務的に動いている心臓の鼓動と共に脳髄へと運ばれてゆき、それと引き換えるように血を体の外へと押し出してゆく。 狂った思考回路では、それにすら少しの愉しさを覚えたが、何時までもこうしてはいられない。 それを塞き止めるように、相手の顔を、己に当てた。 ――――あぁ、コレで、終わる。これで、やっと、終われる――― 最後の瞬間、今の顔で出来る最高の笑顔を相手に見せてやって 「忍法『命紡ぎ』」 そう、呟いた。 瞬間 意識 が 遠 の い て―――― ―――――――――― ―――――――――― 意味のわからなさフルスロットル驀進中(コメントからして意味不明) しかもこれでまだ半分という。 |