この世には、眼には見えない真実とやらがあるらしいが、それが『本当に』あるという証拠は何処にも無い。なぜなら、その真実とやらが眼に見えないのだとしたら、それがあるという証拠もまた、眼には見えないからだ。 眼に見えないものの存在を証明する事は難しい。特に、人間の感情と言うものは、その最たるものだ。 例えば、それは、愛情。 例えば、それは、真情。 例えば、それは、友情。 そんなものなど、いくらでも口先で繕える、全く持ってその存在を信じるに値しないものだ。 「では、おまえはそのどれも信じない。そう言いたいのか?」 「そうだ。忍びは他者のそんなものを信じるは必要ない」 「なるほど。正論だ」 クスリと笑った横顔を、彼は横目でチラリと見る。 漆黒の長い髪を風に靡かせる年少の友人は、その視線に気がつくと、少し小首を傾げた。 「どうかしたのか? 我の顔に、何かついているか?」 「いや。何も」 「なら何だ? 我に見惚れたか?」 「………」 「……そこで黙るな。反応に困る」 「それはこちらの台詞だ」 少年の面影の残る顔で、友人は照れたように笑う。 忍びの端くれのくせに、よくよく表情の変わる奴だと、彼は半ば呆れたようにそれを見る。 友人の眼光は、よくよく見るとなかなか冷たく、鋭い。 そのくせ、そのコロコロ変わる表情のせいでその冷たさや鋭さを半減しているような気がするのだ。 それは良いことなのか悪いことなのか。 少なくとも、忍びとしては、あまり良いとは言えないだろう。 しかし、それを指摘する気は、彼には微塵も無い。 友人は、この年ですでに忍びの忍びによる忍びの為の忍びとして優秀すぎるほど有能な技術を持っている。 それがあるならば、この程度の事など何の支障もないだろう。 何より、自分とは正反対の、情緒豊かな友人の顔が、彼は好きだった。 そう正直に言えば、それを忍びとして恥じている節のある友人は、恐らく怒るであろうが。 「しかし、全ての情を信じぬというのは、いささか無茶苦茶だと思うのだが」 「それは自覚している。だが、生憎わたしには、それらを向ける相手と言うものを持っていないのでな」 「ほう」 「お前がお前の里の仲間を信じるのは構わん。いつ仕えるかも知れぬ主君を信じるのも構わん。それらは恐らく、絶対ではないにしろ、必要ではあるだろうからな」 「ほう」 「しかし、わたしには守るべき里もない。傅くべき主君も、持つつもりは毛頭無い。家族も居ない。ならば、信じるものなど、無いだろう?」 「我はどうなのだ?」 急に、すねたような口調になった友人を、彼は多少の驚きをもって見やる。 少し唇を尖らせた友人は、彼のその視線に気がつくと、ヒョイと彼を覗き込むように顔を近づけてきた。 「我は、おぬしを、友人だと、思っているぞ」 言い聞かせるように、一つ一つ区切って吐き出された言葉に、彼は少々面食らう。 「我も、おぬしにとっては信じるに値しないモノなのか?」 「………否。悪かった」 子供のような仕草で小首を傾げるその姿に、思わず噴出しそうになり、それでもそれを理性で押さえつけて、彼はそう言った。 「そうか」と、嬉しそうに言う友人の頭をクシャリと撫でてやると、「子ども扱いするな」と手を叩かれる。 さっきまで笑っていた顔が、すぐに膨れて……そんなクルクル変わる表情の動きに、理性で押さえる前についつい頬が緩んでしまう。 「あ」 「?」 「おまえの笑った顔を見るの、我は初めてだ」 そうだっただろうか。 この友人の前で、笑ったのは、初めてだっただろうか。 今のような柔らかく、暖かい気持ちになったのは、本当に、初めてだっただろうか? 「今までのおぬしは、笑う場所でも笑うのを我慢してたみたいだった」 「……そうか?」 「そうだ」 「そうか」 「……やっぱり、忍びとしては、おぬしの様に我慢が出来るようにならなくては、駄目かなぁ」 唐突に何やら真剣そうな面持ちで悩み始めた友人に、彼は今度は「我慢」する事無く、肩を震わせる。 「な、何だ、おぬしはいきなり!! 人を見て笑い出すのは、失礼だぞ!!」 「ハハハハッ」 「だから何なんだ!」 「ックク……す、すまん。気にするな」 声に出して笑うのは、何年ぶりだろうと、彼は頭の片隅で思う。ひょっとしたら始めてかもしれない。 今まで押し殺してきた感情を表に出す事は、多少の気恥ずかしさと違和感がありはしたが、中々如何して気分が良かった。 最初はムッとした顔をしていた友人も、あまりにも彼が気分がよさそうにしている為か、彼と共にクスクス笑い出す。 それはまだ、『これから』を夢にも思っていなかった頃の話。 鳳凰様の素の性格が、今とは正反対の、感情と表情が豊かで、ちょっと弱気な忍びには向かない性格だったらいいなと妄想……して書いたら、誰だよ、こいつ。 |