「ぬしの手は、冷たいな」


 寝転んで書物を読みながらつい転寝をしてしまったらしい鳳凰は、眠そうな面を蟷螂に向ける。
 ふと気がつくと、いつの間にか鳳凰の左手は、彼の隣で座って同じく本を読んでいたはずの蟷螂の手の中に納まっていた。
 自分の指と組ませてみたり、揉むように両手で掴んでみたりとされている鳳凰の左手を蟷螂はじっと見ている。


「まるで死人の様だな」
「それは……当然だ」


 聞きようによっては失礼にも取れる台詞に、むにゃむにゃといかにも眠そうな声がかえってくる。



「正しく、『死人』の手…だから…な」



 最近付けたところなのだ、と、欠伸交じりに鳳凰は言う。
 なるほど、それでか、と、蟷螂は納得したように頷き、と、同時に少し顔を顰める。


「…また、変えたのか」
「あぁ……前の腕…は…どうも……相性が…よくなか……た」


 くぁ…と彼にしては珍しい大あくび。
 どうやらここ数日よく眠れていなかったらしい。目の下には、黒っぽい隈が浮いている。
 只でさえ細い眼は、しばし焦点の定まらない瞳で蟷螂を写していたが、蟷螂が一度瞬きをした時にはもう閉じられていた。
 微かな寝息が、立膝を立てて座る蟷螂の膝のすぐ隣から聞こえてくる。
 暫く、その寝顔を何をするわけでもなくぼんやりと眺めていた蟷螂は、ふと、手に取ったままだった鳳凰の左手へと再び視点を転じる。
 今回の腕は、なかなか華奢だ。筋肉もあまり付いていない所を見ると、女の手だろうか? 手首は細く、色は白い。
 この男が前の腕と相性が悪いと言う理由だけでこんなひ弱そうな腕を付けるとは思えないから、恐らく、相手はなんらかの能力を持っていたのだろう。
 つ……と、腕を伝い、指を這わせてみる。
 這う指先に違和感を伝える腕の切れ目は、肘関節の上の方にあった。
 色の違う肌と、その境界に走る、ピンク色の傷跡。

 そういえば、今回は、どうしたのだろう。
 ふと、蟷螂は思う。
 今回は、どうやって腕をなくしたのか。
 相手に腕を切り落とされたのか、それとも、また、自分で自分の腕を切り落としたのか。

 彼の能力を良く知る蟷螂には、おそらく後者だろうということが、容易に想像がついた。
 きっと、いつも敵に向けているように、自らの体に手刀を振り下ろし、腕を断ち切ったのだろう。
 それを、いままで何十回繰り返してきたのだろう?
 ぐぅぐぅと寝息を立てる鳳凰の長い髪を、空いている手で引っ掛けるように鋤いてみる。
 あまり手入れをしていないせいか、簡単に通ったとは言えないが、それでも、自分の髪よりはずいぶんと柔らかく、手触りがいい。
 髪がひっかかって痛いのか、微かに眉根を寄せて、鳳凰は寝返りをうつ。
 と、その時

「ぅ……ん……」

 ペシッ

「………」

 蟷螂が取っていた手を離すと鳳凰の掌が蟷螂の口元を叩くように当たった。

 冷たい冷たい、『死人』の手。
 蟷螂の知らない、誰かの手。
 
 そしてその「今」の持ち主は、相変わらず蟷螂の足元で寝息を立てている。
 その寝顔に、ある時から変わってしまった『彼』の面影を垣間見ることすら出来なくて。

 きっと、彼はこれからも、自分の体を切り刻んで別のものを取り付けていくのだろう。
 外も中も、己のすべてが、代用が効くカラクリの部品位にしか考えていないかのように。
 
 そして、鳳凰がそうするのは、全てが里の為であって、全てが里の仲間の為であって、それはすなわち、私達の為なのだな、と、蟷螂はボンヤリと考える。


「……あまり無理をするなよ」


 叩かれたその手をもう一度取り、蟷螂はそう、呟くと、その掌に軽く唇を落とした。



 








 神は体温が低そうだと思います。体中に死体のパーツをくっつけてる訳ですし。
 同じく、蟷螂さんも低血圧だと思います。虫だけに(ぇ
 結構急いで書いたせいか、結構滅茶苦茶。書き直すかもしれません……